【サマルカンド観光】青の都の美しさよ【ウズベキスタン旅行記6】

f:id:pechipechipenguin:20180331125133j:plain

ウズベキスタン旅行のメインである青の都サマルカンドの観光にやってまいりました。

今回は、モスクなどの建物を中心に巡った時の様子をお送りします。

正直その美しさは圧巻!それではどうぞ!

中央アジアの旅全体を通してのまとめと感想は>>「中央アジアを実際に一人旅行した時のまとめと感想を書きます【中央アジアに興味ある人必見】 – 世界くるっと.com」へ

スポンサーリンク

 

レギスタン広場

サマルカンドに着いた当初は空も薄暗く小雨が降っていたのですが、、この日は朝から天気が最高に良かったので早速外に出かけることにしました。

まず、訪れたのはサマルカンドの観光のメインスポットであるレギスタン広場。

なんという美しさ!空のブルーとのコントラストがやばい!

f:id:pechipechipenguin:20180331125133j:plain
レギスタン広場

レギスタン広場には3つのメドレセが向かい合って立っており、この3つのメドレセの間がちょうど広場になっています。

巨大なメドレセに囲まれた広場はまさに圧巻の光景です。

f:id:pechipechipenguin:20180331125202j:plain
レギスタン広場右側に立つシェルドル・メドレセ
f:id:pechipechipenguin:20180331125214j:plain
偶像崇拝禁止のイスラムに反する顔が描かれている

ちなみにここレギスタン広場では、警察官が小遣い稼ぎのため、賄賂の代わりにミナレットに登らないか?と声をかけてきたりしますが、要らない人は断りましょう。

アミールティムール廟

レギスタン広場を後にしてアミールティムール廟へ。

f:id:pechipechipenguin:20180331125254j:plain
アミールティムール廟。グリ・アミール廟ともいう。

サマルカンドを訪れる際にはティムールという人物のことを知っておくと、よりこの街が楽しめると思います。

ティムールとは、かつて中央アジア一帯を支配した大帝国ティムール朝を建国した人物です。彼がティムール朝の首都としたのがここ、サマルカンドだったのです。

ティムールは各地から多様な人材をサマルカンドへ集め、壮大な建築物を作るなどしてここサマルカンドを一大都市として発展させました。

サマルカンドに来て、この地に立つ建築物の壮大さや美しさを目の前にすると、ティムールがいかにここサマルカンドの発展に力を注ぎこんでいたのかということがひしひしと伝わってきます。

そんなティムールが眠る墓がここアミールティムール廟なのです。

f:id:pechipechipenguin:20180331125311j:plain
ティムールやその子孫が眠る

内部の装飾はハイパー美しいです。

f:id:pechipechipenguin:20180331125322j:plain

ビビハニム・モスク 

アミールティムール廟を後にし、最後、ビビハニム・モスクへ来ました。

ティムールが建築を進めた、最大級の大きさを誇るモスクです。

f:id:pechipechipenguin:20180331130828j:plain

モスクの全体を撮ろうとしましたが、あまりに大きすぎてフレーム内に収まりませんでした・・・

f:id:pechipechipenguin:20180331130831j:plain

ティムールがこのモスクの建設をあまりに急かしたために、建設完了から間もなくして崩壊が始まってしまったそう。

それでも修復がされ、中に入ることもできるようになりました。とにかく巨大なモスクでした。

さよなら青の都 

これにて、ひとまずサマルカンドの観光は終わり・・・

昼食にサモサを食べ、

f:id:pechipechipenguin:20180331130836j:plain

バスにてサマルカンドをあとにするのでした・・・!さらばサマルカンドよ!

f:id:pechipechipenguin:20180331130838j:plain

サマルカンドは空の青色の中に建物の青色が映えるとても美しい街でした。

まさに青の都。

いつかまた来たい、そんな場所でした。

▼旅の続きはこちら!

中央アジア旅の最後で急性胃腸炎の悲劇【ウズベキスタン旅行記7】 – 世界くるっと.com

関連記事:ウズベキスタンを個人で旅行する人へ!実際に行った人が送るアドバイス 

コメント

タイトルとURLをコピーしました