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サラエボとモスタルを観光。徐々に西欧文化から離れゆく【ボスニアヘルツェゴビナ旅行記】

クロアチアではプリトヴィツェや首都ザグレブを観光しました。

 

クロアチアの次はボスニアヘルツェゴビナを訪れました。

 

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ボスニアヘルツェゴビナ入国

クロアチアのザグレブからボスニアの首都サラエボまでは夜行バスをつかって来ました。

 

途中の入出国手続きで、クロアチアの審査官のおばさんがパスポートの変なページにスタンプ押してくるという・・・

 

ともあれ入国できたので良しとします。

 

バスは早朝まだ暗いうちにバスターミナルに着いたので、空が明るくなるまで少し仮眠をとってから移動開始。

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サラエボのバスターミナル

 

トラムに乗って街の中心まで向かいました。

 

トラムは最初のり方が分からなかったので、同じ乗客のお姉さんに乗り方を聞くと英語で話せないのにちゃんと教えようとしてくれました。ありがとう。

 

サラエボ

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宿にチェックインを済ませ、サラエボの街を見て回ることに。

 

サラエボはヨーロッパの中でもぜひ来ておきたかった国の一つです。

 

『Welcome To Sarajevo』という内戦下のサラエボを舞台にした映画を見てから、たかが20数年前、私たちが生まれたくらいの時代に内戦中だったサラエボという場所に興味があったのです。

 

外に出かける前、宿でスナイパー通りはどこにあるのかと聞いたら「全部よ」と言われ、ぞっとしました。

 

実際に内戦中ここで生活していた人にとっては、すべての通りがそうだったんだろうなと感じました。

 

他のヨーロッパの都市に比べイスラム色が強くなった

サラエボの市場や旧市街歩くと、ヨーロッパの風景の中にもどことなく中央アジアで見たようなバザールや旧市街の面影があります。

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それもそのはず、ボスニアの人口の多くを占めるボスニャク人はムスリム。

 

フランスから旅をはじめ、ヨーロッパを東に向かって進んできましたが、次第に西の影響が弱くなり、同じヨーロッパ圏内でもイスラム色が強くなっているのを感じました。

 

新しい建物も多い

また、サラエボには新しい大きなデパートもあったりして、復興もだいぶ進んだんだなと思いました。若者もたくさんいました。

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大通りにはビルがいくつも建設中で、新しい時代に向かって向かっているのを感じました。

 

レストランの食事

レストランでは、こんな風に洋風な食事を出す店もあれば、

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こんな風にボスニア料理を出すお店もあります。

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チェヴァプチチというボスニア料理

 

物価が低いのでかなり気軽に外食をすることができました。

 

サラエボのことを多く語る難しさ

サラエボのことは自分が体験したエピソードや別視点からの考察など、本当はもっとたくさんのことを書きたかったのですが、いざ書き終わってみるとかなりショッキングな感じだったので省略することにしました。。。

 

モスタル

気を取り直してサラエボからモスタルという場所へ来ました。

 

モスタルへは首都サラエボからバスに乗って3時間ぐらいで来ることができます。

 

モスタルへ向かうバスの窓からはなかなかいい景色がみられました。

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モスタルはオスマン帝国の支配下にあった歴史をもっています。

 

スタリ・モスト

モスタルの中央には川が流れていて、この川に架かる橋スタリ・モストがここモスタルのシンボルです。

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スタリ・モストはオスマン時代に建てられたもので、一度破壊されてしまいましたが、再度復興し、いまでは世界遺産に登録されました。

 

もちろん橋を渡ることができます。

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独特な雰囲気の良さ

モスタルの街並みにはオスマン時代の影響があるためか、それが独特な雰囲気の良さを作り出していました。

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まるでファンタジーの国に来たみたいに思える1枚です。

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ボスニアヘルツェゴビナの後はモンテネグロへと向かいました。

 

つづく